「ディア・ドクター」

西川美和さんの前作「ゆれる」が、とてもよかったので、今回の新作映画を期待していました。「ゆれる」はストーリー仕立てが、謎解きのような要素を併せ持つ、微妙なレベルでの複雑な作り方がなされた映画でした。それに比べると「ディア・ドクター」は(ラストシーンを除けば)分りやすいストーリーです。「ゆれる」のもう一つ(というか最大の)魅力は、人の内面を、とても深くまで描いていることです。シンプルなストーリーを持つ「ディア・ドクター」を最後まで、飽きさせないものにしていたのも、その描写の力がもつ牽引力でした。(言葉を変えれば、シンプルなだけに、その描写力が、より力強く浮き出ていたということだと思います。)

その描写力とは、「善・悪」等の分りすい白黒の塗り分けで、安易に人を描くこと無く、その狭間に留まらざるを得ない「人間」のグレーゾーンのグラデーションを、カラフルなグレーとして丁寧に描くことができる、観察力・表現力にあるのだと思います。

映画の翌日、深夜のテレビで、この映画のメイキングについての特集がありました。主役を演じた鶴瓶は、自分が演じることになる、ラストシーンについて、最後まで、腑に落ちないことを感じていたそうです。それについての、西川監督の思いが書かれた手紙を、鶴瓶が読むシーンでそのメイキングの番組は終わりました。

僕もラストシーンで、西川さんが伝えたかったことが何であるのか言葉にできません。西川さんはその思いを鶴瓶に手紙で伝えようとしたとのことですが、多分その必然性とか意味とかは、論理的な表現にならざるをえない「言葉」を使ってでは、表現しにくいものではなかったのではないでしょうか。映像でしか表現できない何かを伝えたかったのではないかと思います。だから、未だにあのラストシーンと、それを見たときの自分の感情を忘れることができません。